1. Top
  2. » ストレス

空腹から一気に食べ過ぎると胃が痛くなる(最初は背中が寒かった)

こないだ「らくスパ・カフェ」というスーパー銭湯のような所に行きました。

そこは大量の漫画や雑誌、本、無料のインターネット、軽食、などがあり、長時間くつろげるのですが、

お金があまり無かったのもあって、食事を少しケチりました。

いつもなら夕飯を食べている時間にも関わらず、ずーっとコーヒーを飲んで(砂糖を多めに入れて)しのいでいましたし、空腹がきつくなってきたので、オムライスを1つ頼んで、彼女と2人で食べたりしていました。

そうして、夜の12時頃に家に付いて、そこでまたパスタを少々を食べて就寝。

次の日の昼頃に起きた時には、かなりの空腹で「早くご飯を食べたい!」という気持ちが強く、ご飯を炊いて、結構大量に食べました。それも急いで。

そしたら、その時彼女は「胃が固くなってる」と自分の身体のことを言っていました(体調不良はなかったようです)。

その後、私の身体に異変が起こりました。

背中がドンドン寒くなってきました。

背中にずーと寒気を感じている状態です。

そう、まるで風邪を引いた状態です。

あまりにも症状が風邪と似ているので、最初は風邪とも思ったのですが、どうも感覚的には風邪ではないように感じていました。

寒くて寒くて、部屋の中でジャンバーを着て、ネックウォーマーを着て、エアコンの暖房を全開にして過ごしていました。

「背中の寒気が少し良くなってきたかな・・」

と思っていたら、今度は胃が痛くなってきました。

胃がじんわりと寒くて痛いような感覚です。

この胃が痛い時間は長く、しばらく続きました。

あまりにも続くので、それと身体全体にも寒気を感じていましたので、私は温かいお風呂に入りました。

身体を温めれば何かが良くなるかもしれない、と思ったからです。

お風呂に入ったら、少しは良くなりましたが、胃の痛みはまだ続いていました。

だいたい6時間くらい、胃は痛かったと思います。

で、思い当たったのです。

「これって昨日の夜、ずっと空腹で、昼にいきなり大量のご飯を食べたからじゃね?胃がビックリしたんだきっと。」

断食の世界では断食明け(断食をやめて食事をするタイミング)に、ご飯を大量に食べるのは絶対的にNGなんだそうです。

胃がビックリしてしまいますし、場合によっては腸捻転の危険性もあるそうです。

なので断食の世界では断食明けの食事はかなり優しい、消化に良いモノを少量ずつ食べていく、ということを行います。

これを思い出しました。

前日、空腹時間があまりにも長かったため、身体が断食状態になっていたのだと思います。そこへ、大量のご飯を急に食べたせいで胃がビックリ(おそらく胃の痙攣か荒れ?)したのだと思います。

長時間の空腹後にご飯を急に大量に食べるだけで、ここまで体調が崩れるとは思いませんでした(笑)。

なのであなたも注意してください。

余談ですが、前に2日間の絶食をしたことがあるのですが、その絶食明けは、普通にご飯を食べましたが胃がビックリして体調を崩すことは無かったです。この違いは何なんですかねぇ。

2日間の絶食時にはわりと普通に「あれ、2日食べないでもなんともない」という感じで、ノンストレスで食事をしなかったのですが、今回は「結構、我慢していた」ので、このストレスで胃が縮こまったのかもしれません。

いずれにしろ、無理に食事を我慢するのは良いことではないですね。

人間、自然が一番です。

ではではっ。

「これを実行しているのは自分ではない」と思いながら行動すると、自律神経を高いレベルで維持できて、楽に高いパフォーマンスを発揮できるかもしない。

何か行動する時、特に慣れていない行動をする時、人はストレスを感じます。この時、「この行動をしているのは自分では無い」とうい意識で行動すると、楽に行動できるかもしれません。

というのも、今朝方、このブログの記事を2つ書き上げたのですが、その時それほどいつものように気負ってはいませんでした。楽に、それも何か「これを書いているのは自分では無い」というような「ある意味で無責任な感覚」で書きました。

そしたらスラスラと書けるのです。

しかも主観ですが、文章のデキも良い。

だから、何か行動する時には「この行動をしているのは自分ではない」という意識で行動すると、楽にノンストレスで、しかも「質の良い行動」ができるかもしれません。

これで思い出したのがスピリチュアルリーダー、ディーバックチョプラの著書「迷ったときは運命を信じなさい」の中にある次の一文です。

意思を抱けばたえずチャンスがめぐってきます。チャンスが到来すれば、行動が必要になります。

行動に踏み切るときは、「実行しているのは自分ではない」という態度をとってください。自分の行動を「すべて」である知性、あらゆる物事を組織化する宇宙のスピリットの行動だと思うことです。

すると不安を抱くこともなくなり、結果にも執着しなくなります。

迷ったときは運命を信じなさい―すべての願望は自然に叶う

これはスピリチュアルな表現です。このようなモノが苦手な人もいると思います。

今日はこれを「医学的な視点」から見て行きたいと思います。

私が今日の経験を通じて思ったのは次のことです。

「ある意味で無責任に行動できれば、自律神経を安定的に保てるから、結果として高いパフォーマンスを発揮できるんじゃないか?」

というものです。

何かを行動に移す時、その全責任が自分にあると思う時、人は緊張します。緊張している時、自律神経は乱れているはずです。ちなみに私が注目している自律神経の専門家は小林弘幸さんです。この方は自律神経に注目して長年研究されています。小林さんの著書は2冊持っています。「なぜ、「これ」は健康にいいのか?」と「超一流の人の「健康」の極意」です。

話を戻します。

何かを行動に移す時、ある意味で無責任に「この行動をしているのは自分ではない」「責任は自分にない」と思う時、心は安定します。自律神経も「交感神経」と「副交感神経」が絶妙なバランスでダンスをしているはずです。

ちなみに小林さんによると、最高のパフォーマンスを作り出せる時、人は「交感神経、副交感神経”共に”高い状態にある」そうです。交感神経だけが高くてもダメだし、逆に副交感神経だけが高くてもダメなそうなのです。両方が高いレベルにある時、人は最高のパフォーマンスを発揮できるそうなのです。

「行動しているのは自分では無い、と思うと、これと同じことが起こるのではないか?」

と思ったのです。

何か行動をする時、それも普段なら緊張するような行動をする時、「これを実行しているのは自分ではない」と思えば、交感神経、副交感神経ともに、高いレベルに保つことができるかもしれません。

実際、今朝、ほぼ無意識に、無感情にこのブログの記事を2つ書きました。「行動しているのは自分でない」「責任は自分に無い」というような感覚で書きました。そしたらスラスラと流れのある文章が書けました。

逆に「この行動をしているのは俺だ」という思いが出てくると、「自分」が文章の中に出てきます。自分が出てくるとそれを守りたくなります。「何か変なことを言ったらどうしよう」「突っ込まれたらどうしよう」「あたりさわりの無いことを言っておこう」などと、自分を守るための雰囲気が文章ににじみ出てきますし、実際そういう文章になってきます。そういう文章は人の役にスムーズに立つことができないことが多いと感じています。

そういう自分(エゴ)が今日、「実行しているのは自分ではない」と思いながら行動したら(文章を書いたら)出てこなかったのです。普段なら胃が痛くなるような思いをしながら、書いていたレベルの量と質の文書を短時間で書くことができました。今朝から2記事で合計6000文字書いているのですが、これくらい書くと以前はヘロヘロになっていました。背中はガチガチに凝って、首や肩も調子が悪くなります。精神状態もイライラして怒りっぽくなります。今回、それがありません。

これは交感神経と、副交感神経の両方が高いレベルにあったからかもしれません。

ですから医学的な視点から見ても「これを実行しているのは自分ではない」と思いながら行動すると、楽に高いパフォーマンスを発揮できる可能性があります。

。。。

何かを行動に移す時、「これを実行しているのは自分ではない」と思えば、最高パフォーマンスの行動を”楽に”行うことができるかもしれません。

追伸)

今日これから、クライアントに依頼された案件をライティングします。普段ですと、これは苦手です。「俺に責任がある」と強く思っているからです。なので結構疲れますし、苦痛です(向いていないのかもしれませんが 笑)。そこで今回「実行しているのは自分ではない」という感覚で、依頼された案件もこなしてみようと思います。

他人に腹が立つのは「自分がやりたいことをやってない」から

私は今、ライティングの仕事をしているのですが、この仕事が入る度に、そしてその作業に取り組む度に「イライラ」します。逃げ出したい感情が湧いてきます。そしてその時に限って、他人に腹が立ちます。

普段なら気にもとめない、後から振り返って見れば「もっと違う解釈があったな」と思うような出来事でも、本当に腹が立ってきます。

そういう自分の感情を観察し続けて、最近気付きました。

「自分がやりたいことをやってない。我慢している。だから我慢していないように見える人たちを見て腹が立つ」

「他人に腹が立つ」ということの裏にこういう心理があることに気付きました。

「自分はこんなに我慢して、歯を食いしばって、(本当はやりたくないことなのに)、がんばってやってるのに、何でお前らはそんなに楽しそうにしてるんだっ。」

実は心の底ではこういう感情が動いていて、その結果として「なぜか、他人に腹が立つ」ということが起こっていることに気付きました。

私は自分は書くことが好きなんだと思っていました。それでライターの仕事をやってみたのですが、この仕事をやればやるほどに心と体の状態が悪くなっていることに気付きました。

「書くのが仕事なんだから、その度にイライラしてたんじゃ、それはプロじゃない」という一般常識的な声が自分の中にずっとあったので「もしかして書くのが好きではない?」という思いから目をそらしていました。

でも最近ようやく気付きつつあります。

私は書くことが好きなんじゃなく、「自分の想いや考えを書く」のが好きなんだということに。

思えば私が好き人はそういうことを実現している人でした。

作家で言えば、本田健さんが好きです。「大好きなことを仕事にする」というテーマでずっと活動されてます。そしてついさっき、らふらく^^ ~ブログで飯を食う~というブログを見つけて、記事を読んでとっても感動しました。このブログのテーマは「好きなことを仕事にを当たり前にすること」でした。

これは私が「まだ好きなことを仕事にできていない」から、こういう人たちに惹かれるのかもしれません。

でも、彼らの生き方を見ていて「そうなりたい」という自分がいます。好きなことをやって、楽しく生きる人生を生きていきたい、そう思う自分がいます。

私にとってはその1つの手段が「自分の考えを書く」なのかもしれません。

少し話しがそれましたが、他人にイライラするのは「何か、自分が満たされていない」からです。そしてそれは「やりたいことをやっていない」からだと思います。

好きなことを好きなだけ、精一杯やって、毎日楽しく生きている人は他人にイライラしにくいと思います。もちろんけなされたりしたら、腹は立てるかもしれません。それでも「どっちともとれる発言」で、イライラしている時の私のように「その発言を悪く解釈して腹を立てる」ことはかなり少ないはずです。

ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。という本を書いたマイク・マクマナスは同著の中で「ストレスの原因はやりたいことをやっていないことだ」と言っています。まさにその通りだと思います。この本を読んだ時も「そうだ、そうだっ」と思ったのですが、最近ようやく実体験と共に、この言葉を噛み締めています。

最後になりますが、「変に他人にイライラする」というのは、自分自身が満足に生きていないことのサインだと思います。その人が悪いわけではない、まして私たちが悪いわけでもない。そのサインを察知して、日々の活動を見直すことが大切だと思います。

「ある活動を続ければ、楽しくなるのか?イライラするのか?」

楽しくなるなら、それはきっとあなたに合った活動だと思います。もしイライラするなら、それは心の奥底ではあなたが望んでいない活動だと思います。
最新記事
カテゴリ
ブログ更新情報を受け取る

フォローしてチェックする


RSS購読する
follow us in feedly
最新コメント
リンク

このブログをリンクに追加する

アクセスカウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示