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やりたいことをやらなければ生き残れない時代に突入してきた(かもしれない)

他人に腹が立つのは「自分がやりたいことをやってない」からという記事を書いていて思いつきました。「行動のエネルギー」には2つあると。

・やりたいことをやるエネルギー
・やりたくないことをやるエネルギー


この2つがあることに気付きました。

そして時代はこのエネルギーの転換期にあると感じています。(少なくとも日本のような先進国では)

昔の時代の「仕事をがばってる人」ってどういう人を想像しますか?マンガ巨人の星の主人公のような人を想像しませんか?(古すぎますか? ^^;)。目はギラついて少し近寄りがたい、「漢」と書いて「オトコ」と読むような、そんな人を想像しませんか?

思えば、昭和の時代、団塊の世代の頃の「仕事」とはこのようなイメージが強いように思います。「仕事を頑張る姿」というのは目をギラつかせて、獲物を狩りに行くような。これは今までの「仕事」のイメージです。

これを私は「やりたくないことをやるエネルギー」だと思いました。

ちょっと「やりたくないことを無理にがんばってやっている人」を想像してみてください。例えば戦争に行く人です。サイコパスでない限り、普通は戦争に行って人を殺したいとは思わないはずです。そんな人たちが戦争に向かう姿を想像してください。

さっきの巨人の星の主人公と似てませんか?私はこれを想像してみて「そっくりだっ」と思いました。

思えば「やりたくないことを無理に気合を入れてやっている人」の姿は、古い時代の「仕事をしている人」の姿とそっくりです。

例えば、私は国の機関とかが苦手で役所に行くにも変に緊張します。そんな時は自分を奮い立たせて(気合を入れて)行くのですが、その時はまさに「仕事をしている」ような雰囲気になっています。

古い時代の仕事はこのような「やりたくないことをやるエネルギー」によって、駆動されていたのではないでしょうか?

そして「仕事は美徳」とされてきました。働いてなんぼだよ、と。働かざるもの食うべからず、と。だから仕事をしろ、と。

でもその時に多くの人が想像する「仕事している姿」とは、おそらく無意識レベルでは「やりたくないことをやっている姿」ではないでしょうか?

では、逆に「やりたいことをやるエネルギー」とはどんなものでしょうか?これこそが、これからの時代の(少なくとも日本の)仕事の姿では無いかと考えています。

「やりたいことをやってる人」はどんな人を想像しますか?

一番想像しやすいのが、「全力で遊んでいる子供」ではないでしょうか。興味と笑顔が全開のあの子供の姿。あれこそがやりたいことをやっている人間だと思います。

では仕事の現場でこういう人がいたらどうでしょう?「おまえちょっと、真剣に働けよ」そう思う人の方が、今は多いのではないでしょうか。もちろん楽しいことをやりたいだけやれるような仕事の現場だったら、その人もそこにいる自分も幸せなので、彼に嫉妬することはないと思います。

でも現代の多くの仕事の現場では、そういうことが許されないことの方が多いように思います。そういう現場でたった一人、「純粋に楽しくやりたいことをやっている」人がいたら、きっとその人は周りから疎まれるはずです。

「俺らは我慢してるのに、なんでお前だけそんなに自由なんだよ」

そう思って、おそらくは嫌われます。

でも時代は、このような「やりたいことをやるエネルギー」じゃないと、生きにくくなってきている、と感じています。

なぜなら、「それがやりたい人だけが、それを長く続けられる」からです。マルコム・グラッドウェル著の天才! 成功する人々の法則という本では、天才は例外なく1万時間の修練を積んでいるそうです。それを心底好きな人なら1万時間の修練なんて屁でもない、そう思いませんか?

でもやりたくないことを無理してやっている人はきっと1万時間にはいかない。たとえ器用で何でもこなせるような人であっても、器用がゆえに途中で目移りしておそらくは1万時間にはいかない。

つまり、1万時間の修練を笑顔でできるような「やりたいことをやっている人」だけが、「生き残る」時代にこれから突入すると考えています。

あえて「生き残る」というようなサバイバル用語を使いましたが、考えてみてください。あなたが今の仕事を本当に好きでないなら、「それが大好きな人」に敵いますか?

例えば新入社員でそういう人が入ってきたとしたら、初めのうちはあなたの方が上だと思います。でもそんな人はきっと仕事を覚えるのも早いですし、発想も柔軟。何より全てを楽しんでやっています。勉強も努力も惜しまないでしょう。いずれ、あなたはその人に抜かれることになります。

こういう状況はこれから加速していくと思っています。

私も個人で稼ごうと頑張っていて、色々勉強してきました。その中にあるマーケッター(名前は忘れました)が、こんなことを言っていました。

「全てのスキルはコモディティ化する」

コモデティ化とはWkipedeiaによると次のような意味です。

コモディティ(英:commodity)化は、市場に流通している商品がメーカーごとの個性を失い、消費者にとってはどこのメーカーの品を購入しても大差ない状態のことである。

コモディティ化 - Wikipedia

私は「書く」というスキルを売る、ライターの仕事をしています。書くということで言えば、他には販売ページ(セールスレター)のライティングをするセールスライターというのがありますが、この人たちは「売れる文章を書く」というスキルを売っています。

これらのスキルを持っている人たちがいずれは、「みんな同じくらいのスキルレベル」になるということです。

サイトなどの文章を書いてもらおうとライターを探すとします。でも今はどんな情報でも大抵手に入るので(勉強して、自分のスキルを上げられるので)、多くのライターの能力は大差が無い、という状態に、今はなってなくてもいずれはなる(=コモデティ化する)ということです。

極端に言えば、どこを取っても金太郎飴のような状態になるということです。

そんな世界でもライターやセールスライターとして生き残っている人たちはどんな人でしょうか?「それそのものが大好きな人」に違いないと思います。そうでなければスキルを高め続けることは難しいですし、モチベーションも続きません。そして大好きでやっていくからこそ、その人なりのオリジナル性も出てくると思います。

「好きなことをしなければ生き残れない時代になってくる」

そう感じています。

私もライターやセールスライターが「儲かる」ということではじめた部分があります。特にセールスライターはその販売ページから売れる金額の数%から数十%が、印税的に収入として入ってきます。そんなページを量産すればウハウハです。

でも私にはライターは合いませんでした。我が強すぎるんだと思います。指定されたテーマが自分が好きでなければ、書きたいと思えないんです。そんな状況でも無理をすれば、ライターは続けることができます。勉強もできます。

でもきっと「書くことそのものが好きな人」には敵わないと思います。そんな人は指定されたテーマについて書くことに、私のように抵抗は感じないはずです。楽しくて楽しくてしょうがない、そんな状態だと思います。そんな人には私はいずれ負けます。早いか遅いかの違いです。

私も無理してライターの仕事を頑張ってきましたが、自分には合わないことがハッキリしてきました。ライターとしては私は生き残れないでしょう。

(だってちょっと見て下さい。ライターの仕事だと1000文字書くのにもヒイヒイ言うのに、ここまで書いた文字数をカウントしてみたら3000文字もありました。しかもコレ、今日2つ目の記事です。1つ目の記事を入れると5000近くは行くと思います。)

このように、やりたいことをやらなければ生きていけない時代に、少なくとも日本は突入していくと考えています。

この変化はキビシイように思います。実際私も苦しいです。今までこびりついた価値観(仕事=無理して頑張るモノ)を変えていくには時間もかかるかもしれません。でもいずれ気づくはずです。このままではヤバイ、と。

でもきっと、変わった後は天国のような世界が待っているはずです。そこでは「やりたいことをやるエネルギー」さえ発揮すればいい。昔のように無理して頑張る、という意味の仕事はしなくていい。戦争に行かなくてもいいんです。自分が好きなことを、やりたいことを、好きなだけやる、そんな世界になっていくと思います。

そのためには、他人に腹が立つのは「自分がやりたいことをやってない」からでも書いたように、自分自身を観察するのが良いと思います。

何らかの活動をして、それを続けると「イライラするか?」それとも「楽しくて充実してくるか?」。これを観察し続けて、その度に活動の軌道修正をしていく他ないと思っています。
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