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少年A(酒鬼薔薇聖斗)が本「絶歌」を書いた理由。

少年A(酒鬼薔薇聖斗)の本、「絶歌」が出版されましたが、私個人は「なぜ、少年Aがこの本を書いたのか?」というのが一番の感心でした。

そして、「絶歌のあとがき」を読んだところ、“その答え”を見つけることができた気がします。

少年A(酒鬼薔薇聖斗)が絶歌を書いた理由

それは、

「少年Aは生きるため、お金を稼ぐために絶歌を書いた」

というのが、私個人が絶歌のあとがきを読んで感じたことです。

私自身は絶歌を買っていなくて、本屋で立ち読みしました。本文は怖くて読めなかったのですが、「少年Aがこの本を書いた理由」を知りたくて、本の中を探したところ、あとがきにその答えを見つけました。

絶歌あとがき(一部引用)

ネット上にあとがき全文を引用している記事がありましたので、その記事より、絶歌のあとがきを引用します。

二〇〇四年三月十日。少年院を仮退院してからこれまでの十一年間、僕は、必死になって、地べたを這いずり、のたうちまわりながら、自らが犯した罪を背負って生きられる自分の居場所を、探し求め続けてきました。

人並みに社会の矛盾にもぶつかり、理不尽な目にも遭い、悔しい思いもし、そのたびに打ちひしがれ、落ち込み、何もかもが嫌になってしまったこともありました。ぎりぎりのところで、いつも周囲の人に助けられながら、やっとの思いで、曲がりなりにもなんとか社会生活を送り続けることができました。

しかし、申し訳ありません。僕には、罪を背負いながら、毎日人と顔を合わせ、関わりを持ち、それでもちゃんと自分を見失うことがなく、心のバランスを保ち、社会の中で人並みに生活していくことができませんでした。

周りの人たちと同じようにやっていく力が、僕にはありませんでした。「力がありませんでした」で済まされる問題でないことは、重々承知しております。

それでも、もうこの本を書く以外に、この社会の中で、罪を背負って生きられる居場所を、僕はとうとう見つけることができませんでした。

許されないと思います。理由になどなっていないと思います。本当に申し訳ありません。

(中略)

事件当時の僕は、自分や他人が生きていることも、死んでいくことも、「生きる」、「死ぬ」という、匂いも感触もない言葉として、記号として、どこかバーチャルなものとして認識していたように思います。

しかし、人間が「生きる」ということは、決して無味無臭の「言葉」や「記号」などでなく、見ることも、嗅ぐことも、触ることもできる、温かく、柔らかく、優しく、尊く、気高く、美しく、絶対に傷つけてはならない、かけがえのない、この上なく愛おしいものなのだと、実社会の生活で経験したさまざまな痛みをとおして、肌に直接触れるように感じ取るようになりました。

人と関わり、触れ合う中で、「生きている」というのは、もうそれだけで、他の何ものにも替えがたい奇跡であると実感するようになりました。

自分は生きている。

その事実にただただ感謝する時、自分がかつて、淳君や彩花さんから「生きる」を奪ってしまったという事実に、打ちのめされます。自分自身が「生きたい」と願うようになって初めて、僕は人が「生きる」ことの素晴らしさ、命の重みを、皮膚感覚で理解し始めました。

そうして、淳君や彩花さんがどれほど「生きたい」と願っていたか、どれほど悔しい思いをされたのかを、深く考えるようになりました。

二人の命を奪っておきながら、「生きたい」などと口にすること自体、言語道断だと思います。頭ではそれを理解していても、自分には生きる資格がないと自覚すればするほど、自分が死に値する人間であると実感すればするほど、どうしようもなく、もうどうしようもなく、自分でも嫌になるくらい、「生きたい」、「生きさせて欲しい」と願ってしまうのです。みっともなく、厭ったらしく、「生」を渇望してしまうのです。

どんなに惨めな状況にあっても、とにかく、ただ生きて、呼吸していたいと願う自分がいるのです。

僕は今頃になって、「生きる」ことを愛してしまいました。

どうして事件を起こす前にこういった感覚を持つことができなかったのか、それが自分自身、情けなくて、歯痒くて、悔しくて悔しくてたまりません。淳君や彩花さん、ご家族の皆様に、とても合わせる顔がありません。本当に申し訳ございません。

(中略)

この十一年間、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実体でした。

僕はひたすら声を押しころし生きてきました。それはすべてが自業自得であり、それに対して「辛い」、「苦しい」と口にすることは、僕には許されないと思います。

でもぼくはそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分の想いを語りたい。自分の生の軌跡を形にして遺したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。

自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの「生きる道」でした。

僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした。

本を書けば、皆様をさらに傷つけ苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにいられませんでした。あまりにも身勝手過ぎると思います。本当に申し訳ありません。

せめて、この本の中に「なぜ」にお答えできている部分が、たとえほんの一行であってくれればと願ってやみません。土師淳君、山下彩花さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

本当に申し訳ありませんでした。

少年A 神戸連続児童殺傷事件加害者の手記「絶歌」のあとがきに怒りに震えた - ソーシャルレンディング赤裸々日記より

上記のあとがきを読んで、

少年Aは実社会で生活しようにもどうにも難しくて、生活のため(お金のため)に絶歌を書いた、という印象を持ちました。

もちろん、少年Aの中で考えなどを吐き出して整理したい、という気持ちはあったのかもしれませんが、それでも一番の理由は「生活のため」「お金のため」という雰囲気を私は感じました。

少年Aが手にする印税は、最低でも約1000万円にはなりそう。

絶歌はかなり売れてるようで、楽天でもAmazonでも品切れのようです。(楽天オークションやAmazonマーケットプレイスでは、私が確認した時点では購入できる可能性もありそうです。)

それほど売れてるなら、本が売れたことによる印税もかなりのものになります。

一般的に本の販売価格の10%が、著者が得られる印税のようです。

スポーツ報知の記事「「酒鬼薔薇聖斗」元少年A手記、5万部増刷へ」によると絶歌は67000部売れているそうです(オリコン調べ)。

絶歌の価格は1500円のようなので、計算すると67000部×1500円×10%で「約1000万円」は少なくとも、少年Aの手に渡ると思われます。

さらに売り切れ続出を受けて、増刷が行われているようですので、これよりもさらに少年Aの収入は増えるものと思われます。

この「印税」という生活費が、少年Aが絶歌を書いた理由だと感じました。

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